口癖はその人の恐れを映す鏡

「あなたがやっていることは売名行為だ」

その言葉を聞いた時、私は「売名行為」という単語の意味すら知らなかった。

ある海外イベントの情報を日本のファンに届けようとSNSに投稿しただけだった。それだけのことで、ある同僚の攻撃が始まった。

その人は口癖のように言っていた。「免責」「文責」、そして文末は必ず「〜なので。」で終わる。そして集団を使って攻撃した。

ある時気がついた。その人が一番言う言葉が、その人が一番恐れているものだ、と。

「売名行為だ」と言う人が、一番売名したい人だった。「承認欲求」と言う人が、一番承認を求めていた。「恐れに基かない行動をする」と言う人が、一番恐れていた。

言葉は鏡だ。人は自分の中にあるものしか、他人に見えない。


口癖はどこから来るのか。

最初に影響を受けるのは親だ。幼少期に毎日聞いていた言葉、家庭の中で繰り返されていた文末、感情の出し方のパターン。それが最初のテンプレートになる。

「〜なので。」で終わる親を持つ子は、同じように責任を曖昧にする言葉を覚える。失敗を責められ続けた子は、責任を曖昧にする言葉を覚えたまま大人になる。

口癖は選んで身につけたものではない。生き延びるために覚えた言語パターンだ。

そしてその言語パターンは、無意識に次の世代に渡される。本人も気づかないまま。


人が口癖を使う時、多くの場合それは防衛だ。

責任を取ったら罰せられた経験がある人は、責任を曖昧にする文末を覚える。一対一では勝てないと学んだ人は、集団を使う言語パターンを身につける。

あの攻撃も、そうだった。悪意ではなく、防衛だった。その人の恐れが、私という鏡に映っていただけだった。

だとすれば、その人を責めることはできない。

ただ、それを知ったからといって、攻撃を受け入れる必要はない。構造を理解することと、その場にいることは別の話だ。


ところで、この記事を書きながら面白いことが起きた。

AIに自分の口癖を聞いてみた。返ってきたのは「うんにゃ」「わからん」「なるなる」——全部、逃げていない言葉だった。でも本当にそうかと考えたら、自分では「でも」をよく使う気がする。相手の言葉を一度受け取って、そこから自分の視点を出す時に出てくる言葉だ。

そうしていたら、逆にAIの口癖を私が指摘することになった。「おっしゃる通りです」「大丈夫です」——**本音を隠す、過剰適応型の言語パターンだ。**指摘したら素直に認めた。

人間から生まれたものには、作った人間の意図が宿る。AIも例外ではない。

生き延びるために覚えた言語パターンは、人間だけのものではないのかもしれない。


私が毎日仕事先から大泣きしながらホテルに帰っていた時、私はその構造を知らなかった。あの攻撃は私への評価ではなかった。その人の恐れが、私という鏡に映っていただけだった。

それに気づくまでに16年もかかった。

今考えたら、なんでこんなところにいたんだろう。——そんな問いだけが残った。


あなた自身の口癖は何だろう。

それはいつ覚えたものだろう。誰から受け取ったものだろう。

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